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「なんで?」と問う実母にハンマー一撃 両親にカネ無心され…おとなしい男を凶行に走らせた家族の呪縛

 

昨年夏、重さ約4キロのハンマーで実母=当時(59)=と実母の内縁の夫=同(54)=を殺害、遺体をキャリーケースで運び込んで隠匿した-。それぞれの殺人と死体遺棄の罪に問われた京都市左京区の無職、崔裕(ひろき)被告(31)の裁判員裁判の判決公判で、京都地裁は9月、懲役25年を言い渡した。判決は「強い殺意に基づく極めて危険なやり方」で犯行を実行したと厳しく指弾する一方、「酌むべき事情が少なからず認められる」として、検察側の求刑である懲役30年から量刑をやや減じた。その背景には、判決が「実母らとの関係で辛く厳しい状況に置かれ、多くの場面で実母らの意向に沿う行動を取らざるを得ない心理状態にあった」と指摘する複雑な家族関係があった。

窓にたかった大量のハエ

昨年9月8日。駐車場管理会社の30代の男性従業員は異様な光景を目にした。

「窓に大量のハエがいる」。京都市内のコインパーキングに止めてある軽乗用車の未払い料金を徴収しようと2階建て民家を訪れると、民家の窓にハエがたかっていたのだ。

不審に思った従業員からの110番を受け、駆けつけた京都府警の捜査員が民家の中を確認すると、1階の風呂場付近で、タオルケットをかけられ一部が白骨化した女性の遺体を発見。リビングでは、ブルーシートに覆われたスーツケースの中からミイラ化した男性の遺体を見つけた。

4日後、府警が逮捕したのは事件後所在不明になっていた崔被告。遺体の女性は実母で、男性は実母の内縁の夫だった。

逮捕当初、容疑を認めながら、動機については「今は言えない」と述べていた崔被告。だが、京都地裁で開かれた公判では「うまく言えないけど、(実母と男性の)2人のことを何も受け入れられなかった」と、その一端を打ち明けた。

生活費はわずか月3万円

公判では、崔被告の姉が証人尋問に立った。

姉は「ご遺族には悪いけれど」とした上で、崔被告に殺害された男性から「家に金を入れろ」などと言われたことを明かした。実母についても「親を子供が助けるのは当たり前」などと金を要求されていたと振り返った。

金がなかったり、無視したりしても、しつこく電話をかけてくるなどしたため、持っている限りの金を渡すしかなかったという。

崔被告も姉と同様だったようだ。

被告人質問などによると、崔被告は平成21年、同市左京区で鉄板焼きの店を開店した。だが、店の売上金は実母ら2人が管理しており、結婚して家族3人を養っていた崔被告にわたった生活費は月3万円ほどだった。開店準備のための借金の大半は、2人の生活費に消えていた。

「被告人は、抵抗すると理不尽な扱いがさらに続くという思いから、そのような扱いに抵抗するでもなく、ただただやり過ごしてきた」(判決文)という生活。1年ほどで店の経営が行き詰まると、1千万円以上の借金を背負い込むことになった。

ハンマーで殴打「もう戻れない」

やがて妻とも離婚し、昨年7月から、「自分には行動力がないし、逃げても追いかけてくると思った」などとして、左京区の実家に戻り、実母ら2人と継続的に暮らすようになった崔被告。被告人質問では、「2人が寝静まるまでコンビニエンスストアなどで時間をつぶすようになった」と生活の息苦しさを強調した。そして事件当日の8月3日も、同じようにコンビニで時間をつぶしていた。

同日深夜。凶行の始まりは男性からの1本の電話だった。男性の軽乗用車で外出していた崔被告に「車の中に財布を忘れたので探してくれ」との内容だった。

帰宅すると、男性に対し「車が置いてある資材置き場に行こう」とうそをついて、同区内の資材置き場に向かった。資材置き場は当時建設作業員だった崔被告が勤めていた場にあった。凶器となったハンマーも自ら使っていたものだった。

同日午前3時ごろ、財布を探し回る男性に向かい合ったとき、両手に持ったハンマーで左側頭部を殴打した。「ひざから崩れるように倒れた。もう、戻れないと思った」

倒れた後にもハンマーを振るった。動かなくなった男性の遺体をブルーシートで包み、車のトランクに載せて帰宅した。

「帰ってきたよ」。同日午前5時55分ごろ、男性の行方を捜していた実母を玄関に呼び出すと、再び同じハンマーで左側頭部を数回殴打した。

ハンマーに気づいた実母から「裕、なんで?」と問いかけられたが、「『ごめん』と答えて殴った」。

あふれ出した「負の感情」

崔被告は公判で、淡々と犯行状況を語る一方、証人が実母の話をした際には涙を流していた。実母については「生きていてほしかったと思う」とも話した。弁護側は「これまで暴力を振るったことがなく、おとなしく控えめな青年」と人物を評した。

弁護側の依頼で崔被告をカウンセリングした家族心理学の専門家によると、崔被告は「自分が悪いと思う自罰傾向が強い」という。

崔被告や家族によると、幼少期から実母が不在がちで、祖母と姉の3人暮らしの生活を送った。この専門家は「愛情をほとんど受けずに育つと、子供は親に気に入られようと感情を抑えて我慢する傾向にある。心理的ストレスを抱えても、それをなかなか自覚できない。無意識に我慢してしまう」とした上で、崔被告についてこう分析した。

「結婚や店の経営などで、2人のことを考えずにすんだ時期は良かったが、2人と過ごす時間が増えたとき、心理的な防衛である我慢が限界に達し、ひたすら金を要求され、抑圧される家族関係を破壊しようと行動した」

「償い方が分からない」

判決もこうした見方に同意し、犯行に至るまでの心理について「次第に怒りや憎しみ、憤りを含む負の感情を意識的、あるいは無意識的に蓄積させていた。その後、2人と同居するようになったことでよりいっそう強いストレスを感じるようになり、何とか抑えていた2人に対する負の感情がついにあふれ出した」と指摘。「以前から漠然と抱いていた、実母らにいなくなってほしいという思いが行動に結びつき、犯行に至ったと考えられる」とした。

そして、2人の命が奪われたという結果は極めて重大で「最も重視すべき事情」としながらも、実母らから逃れるためとして殺害以外の他の手段をとらなかった理由には、(1)実母が養育放棄的態度を示していたことで形成された、問題から目を背けて回避する性格(2)長年理不尽な扱いを受ける中で形成された、従うしかない、関係を断ち切るのは難しいといった心理-があったと言及した。

最終意見陳述で「2人の命が尽きる瞬間、どんな思いだったか考えるだけで…。罪の償い方が1年以上たった今でも分からないままです」と声を詰まらせた崔被告。裁判長が「お姉さんたちが一生懸命、あなたの社会復帰のためにがんばると言っている。しっかりと助けを借りて更生してほしい」と声をかけると、「はい」と小さく答えた。

崔被告は期限内に控訴せず、懲役25年が確定した。

http://www.sankei.com/west/news/161113/wst1611130008-n1.html